ウクライナ問題を学校でどう教えるか?教師が抱える葛藤とは?

主権者教育

2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したというニュースを聞いた時、正直私はぴんと来ていませんでした。

「え、ロシアがウクライナを侵攻した?どういうこと?戦争が始まったということ?重大だけど遠い問題にも思えるこの事態に自分はどうやって向き合えばいいんだろう? 」と混乱していました。

同時に「もし教師だったら学校でどうやって教えればよいのだろう?」とも思いました。

そこで「どなたか一緒にウクライナをテーマに社会科の授業をつくりませんか?」と呼び掛けたところ多くの反響があったため、「ウクライナ問題を学校でどうやって教えるか?」を考える勉強会を開きました。

呼びかけた日の翌日に開催するといった日程だったにも関わらず、主に中学・高校で社会科を教える先生方、社会科教師を目指す学生の皆さん、あわせて19名に参加していただきました。

興味深い話が多く出たため、今回はその勉強会で出た意見や、迷いを紹介したいと思います。

(勉強会に参加されていた皆さん、勝手に記事にしてしまってすみません。修正したほうがよい箇所があれば教えてください🙏)

ウクライナ問題についてどんなもやもやを抱えている?

1.教師もよくわからない

勉強会で一番最初に出た意見は「問題が複雑で自分の知識が合っているかどうか自信がない」「そもそも現在進行形の問題なので事実関係がはっきりしていない」「海外メディアも含めると情報量が膨大で追いきれない」といったものでした。

(勉強会の中で「中田敦彦のYouTubeチャンネルが前提知識をざっくり理解する上ではわかりやすい」という意見が出ました。中田敦彦さんの動画は間違った情報もあると以前から指摘されていますが、ざっくりとしたイメージをつかむ目的で見るのであればよいのではと私も考えています。)

2.基本的な基礎知識がない生徒にどこから教える?

そもそもウクライナがどこにあるのか、NATOとは何か、わからない生徒も多いでしょう(私もウクライナの首都がキエフであることを今回初めて知りました)。

かといって、知識をちゃんと教えようとすると膨大な時間がかかってしまいます。早口でしゃべる中田敦彦のYouTubeでも約40分ありました。

勉強会では①ロシアとウクライナの位置関係、②ロシアとNATOのざっくりとした関係、③ロシアがなぜウクライナを侵攻したのか、といった3点を抑えることができればよいのではという意見が出ました。

3.そもそもウクライナ問題を授業で生徒に関心を持たせるための「題材」として扱っていいのか?

ウクライナ問題に対して「授業で扱おう!生徒も関心を持つ時事ネタだ!」と安易に飛びつく姿勢は悲惨な状況にあるウクライナに対する向き合い方として十分ではありません。

「本当に自分はウクライナ問題に向き合うことができているのか?」と自問自答している先生がいました。

一方で「問題を扱うことそのものに意味がある」「問題が起きたからこそこの問題に向き合うことができる」「これまでロシアとウクライナの問題に関心を持っていなかったことも含めて考えるきっかけになるのでは」との意見もありました。

今まさに苦しんでいる人々がいることを忘れずに授業をつくりたいと思います。

4.子どもの恐怖心をあおってしまうのでは?

ニュースやSNSにはウクライナの悲惨な状況が動画とともに流れ、大人でも心を痛めている人が多くいます。

「悲惨な状況を教えることで心を痛める子どもがいるのでは?」「恐怖心をあおって終わりになってしまうのでは?」と恐れる先生も、特に小学校ではいるようです。

もちろん、そのことを配慮して映像を見せないようにしたり、学校で扱わない選択をしてもよいと思います。それも教師の役割です。

一方で「自分は子どもの時に広島の原爆について学ぶときに絵を見てトラウマになっていたが、今平和教育に関心を持って取り組んでいる」「リアルな恐怖感を知っていることは戦争と平和について考えるうえで大切なのではないか」「戦争の問題は、激しい感情とどう向き合うか、その上でどのように社会の構造から客観的に考えることができるかが問われるのではないか」という意見も出ました。

5.事実を教えたとしても解決策がわからない。生徒に無力感を与えてしまう?

欧米諸国が有効な策を打てていない現状において、日本政府、ましてや日本人個人にできることは少ないですよね。

社会科ではよく社会問題の解決を目指す授業をやるので、問題解決につながらない授業になってしまうことに悩む先生もいるのではないかと思います。

「できることは少ないけど関心を持ち続けよう」などといった終わらせ方になってしまうのも仕方ないかな、それでもいいかなというのが現時点の暫定解でしょうか。

デモや募金に参加している人がいることを紹介するのもよいかもしれません。

学校の授業で扱えたとしてもたいていの場合限られた時間しか使えない。どんなことを目指した授業にしたい?

※誤解されているようなので追記しますが、いずれの授業も「侵略はだめ」「今もつらい状況に置かれた人がいる」ということを前提としています。

1.なぜロシアがウクライナを侵攻したのか、国際関係の視点で考える授業

なぜロシアがウクライナを侵攻したのか、勉強会で挙がった理由は以下の4点です。

①ウクライナはロシアとNATOに挟まれた緩衝地(クッション)として重要な場所で、NATOに入ってほしくなかったから。
②旧ソ連側の国の中でウクライナはロシアの次に人口が多く、NATO側に入ってしまったらロシアにとってショックが大きいから。
③ウクライナが民主主義の価値観を重視するNATO側(EU側)にいけばロシアの政治体制(プーチンの座)も揺らぐかもしれないから。
④プーチンが権力を維持することや「強いロシアを取り戻す」ことに強くこだわっているから。冷戦時代へのトラウマもある。

一方で、「なぜウクライナに侵攻したのか」という問いは、授業の結果「〜だからロシアはウクライナに侵攻した(それが合理的な選択だった)」という感想を学習者に持たせてしまいそうな気がする、といった意見もありました。慎重になりたい点です。

また、なぜ国連やNATOが今回の侵攻を防げなかったのか、逆に今まで止められていたのは国際協調路線のおかげなのか、考えることもできそうです。

2.なぜロシアがウクライナを侵攻したのか、歴史をさかのぼって原因を考える授業

歴史的に整理されていない問題ですが、歴史から目をそらさないでほしいといった思いから、歴史的な視点でウクライナ問題を教えたいといった意見が出ました。

例えば、ロシアがウクライナを侵攻した背景を冷戦やクリミア併合にさかのぼって考える授業。戦争は防げたのか考えることができるかもしれません。

また、日本が朝鮮や清、満州を侵攻した事例、ドイツがポーランドを侵攻した事例と今回の事例を比較して、共通点と差異点をベン図に整理する活動案も出ました。

あるいは、プーチンの歴史観を検証したり、「歴史」がどのように利用されるか考える授業もできそうです。

3.分かり合えない相手(ロシア)にどのように向き合えばよいか考える授業

ロシアに対して「なんてことをするんだ」「意味がわからない」といった感情を持つ人は多いでしょう。

社会科ではそういった感情を排除して客観的な立場で考えることが推奨される傾向にありますが、あえてそういった感情に向き合うのもよいのではないかといった意見が出ました。

そのうえで分かり合えない相手に対してどうやって向き合えばよいのか、プーチンの考えをどのように理解すればよいのか考えるきっかけになるかもしれません。

4.今後NATOや日本がどのような行動をすればよいのか考える授業

天然ガスなど、ロシアに頼っている国もありどの程度経済制裁すべきか一枚岩になれないEUとG7。

どの程度経済制裁すべきか、軍事制裁まですべきか、日本はどうするべきか、ロシアは内政干渉だと批判しているがそもそも制裁してよいのか、制裁した結果どうなるのか、考えさせる授業が提案されました。

なぜ問題が起こっているのか考えさせるだけでなく、自分はどう思うのか意思決定まで目指す授業です。

5.ロシア人やウクライナ人の中にも様々な人がいることに気付かせる授業

限られた時間の中で「ロシアが」「ウクライナが」と説明すると、生徒もロシアやウクライナをひとくくりにして考えてしまう危険性があります。

ロシアのなかにもプーチンに賛成している人だけでなく、戦争反対と声をあげている人、ウクライナのなかにもいろんな人がいます。

また、ロシアにもウクライナにも生徒と同じ年齢の子どもがいます。

様々な立場の人がいることを想像しようとすることができる力を育成する授業になるのではないでしょうか。

6.わからないなりに調べ意見を持つことの重要性を伝える授業

ウクライナ問題は複雑なため、ニュースや授業の解説を聞き理解するだけでも十分かもしれません。

しかし、ニュースも毎日変わるし、インターネットの情報もどれが正しいか明確でないし、教師だってわかっていることとわからないことがあります。

そのことをあえて生徒に開示し、「わかることは教えるけど、わからないことは一緒に調べよう」と生徒に話す授業が提案されました。

わからなければ調べる、わからなくても暫定の意見を言っていい、そういったメッセージを教師の姿を通して伝えることができればよいなと思っています。

→ほかにも様々な授業の切り口があると思います。ぜひご意見ください。

社会科における教師の役割とは?

「教師はゲートキーパーである」と言われています。

(参考:スティーブン・J・ソーントン著、渡部竜也他訳(2012)『教師のゲートキーピング―主体的な学習者を生む社会科カリキュラムに向けて』春風社)

ゲートキーパーを直訳すると「門番」で、教師はいつでも自分の教育観や、生徒の実態、学校の文脈、教科の特質などを考慮してどのような授業を行うか決定しています。

ウクライナ問題を教えないと決めることも、教師のゲートキーピングです。

あくまでもざっくりとした見立てですが、今回の勉強会を通して、ウクライナ問題を扱うかどうか、どのように扱うかといったことにこのような要因が影響を与えているのではないかと感じたものを図にしました。

(構図は、岩崎圭祐(2016)「論争問題学数における教師の役割と立場―近年の米国社会科教育研究の動向をふまえて―」『社会科教育研究』を参考にしました)

特に、教科書に載っていないこの問題をどのように扱うかは教師個人の判断にゆだねられており、教師のゲートキーパーとしての役割が求められていると言えると思います。

全国でウクライナ問題を教えるかどうか、どうやって教えようか迷っている先生方…頑張ってください!

Follow me!

コメント

タイトルとURLをコピーしました