【書評】現代アメリカ貧困地域の市民性教育改革

主権者教育

古田雄一著『アメリカ貧困地域の市民性教育改革』(2021年、東信堂)を読んだ感想を書きます!

どんな内容の本?

これまでの日本での市民性教育研究では「どんな社会科の授業を行えばよい市民を育成できるか」といった研究が比較的多くなされてきました。

しかも、そこで提案される授業は、学力の高い層に向けた授業が多くありました。

この本は、「社会科の授業に限らず、教室内外での様々な教育活動や生活経験も含めて、子どもの市民性はどのように形成されているか・どのように形成されるべきか」、「特に社会経済的に低い階層にいる子どもの市民性はどのように形成されているか・どのように形成されるべきか」という視点で、アメリカの貧困地域の事例から論じられている画期的な本です。

章立て

第1章
教室・学校・地域における市民性教育の理論的基盤

第2章
貧困地域における子どもの経験の連関構造と市民性への影響

第3章
現代アメリカの教育改革による貧困地域の市民性教育の周縁化

第4章
〈社会科アプローチ〉の市民性教育改革

第5章
〈学校全体アプローチ〉の市民性教育改革

第6章
〈地域コミュニティアプローチ〉の市民性教育改革

第7章
アメリカ貧困地域の市民性教育改革の構造と特質

終章
研究の総括と成果・課題

補章
大都市学区での市民性教育改革の新展開

どんな人におすすめ?

・社会科教育学の文脈で、市民性育成を目指している研究者、教師、学生

・学校の外から市民性育成に関わっている地域団体

・子どもを「統制する」教育に違和感を感じている人

・子どもの「自己効力感」の形成に関心がある人

「社会・政治への無力感」の解消に関心がある人

・学校と地域の連携に関心のある人

・定時制高校や学力困難校といった学校での教育に関心がある人

印象に残ったこと

社会への無力感が生まれる構造

忙しくてこの本を全部読み切れないよという方にはぜひ2章をおすすめしたいです。とても重要なことが多く書かれていると感じました。

この本でおすすめの一節を選ぶとしたら以下の箇所です。

「したがって、( 不平等や不公正を経験しながらも、その変革への視野を得る機会を得られにくい )当該地域の学校の隠れたカリキュラムは、問題の集合的・政治的解決や社会の不公正の変革に対する諦観という、地域や社会での日常的経験から学び取るメッセージを増幅しているといえる。両者は相互に強化しあいながら、子どもに根深い無力感を刷り込む構造を作り出す。同時に両者は、教室や学校で教わる民主主義の理想と「不整合」をなし、社会への不信感や、民主主義への冷笑的態度や諦観を乱す一因となる」(pp.65-66)

日本でも「社会への不信感」や「民主主義への冷笑的態度や諦観」が見られ、民主主義を揺るがす大きな問題となっていると思います。

学校で「民主主義」は学ぶけど、実際はテレビで見る社会も、生活している学校も民主的でなければ「ただの理想論じゃん」となりますよね。

マイノリティへのエンパワメント

この本で紹介されている事例を読み、「市民性教育は子どもへのエンパワメントなんだ」ととらえ直すことができました。

まず地域や学校にとって子どもの意見は大切で、子どもの社会参加が必要なんだということを子どもに伝え、実際に子どもが地域の人と協力して社会の問題に意見を言ったり実際に行動する過程で、本当に地域に必要とされるようになっていく様子が4,5,6章では描かれています。

今後さらに考えたいこと

日本におけるマイノリティへのエンパワメント

著者である古田先生に直接聞いたところ、アメリカは人種や所得による格差がはっきりとしていて、マイノリティの問題は多くの人が共通して認識があるそうです。

また、この本の6章で紹介されている地域は「無償もしくは減額給食の対象児童が96%」(=ほぼ全員が貧困家庭)で同質的な地域だったため、地域をあげた改革が可能だったそうです。

しかし日本では、アメリカほど人種や所得による格差が顕在化していません。マイノリティ当事者は自分だけの問題として抱え込んでしまうし、当事者でない人は見えにくい課題に問題意識を持ちにくい現状が続いてしまいます。

マイノリティの問題がよりデリケートで扱いにくい問題になっている日本ですが、だからといってマイノリティの問題について考えなくてよいというわけではありません。

聞き合う風土の醸成に力を入れること、個人的な問題のように見えても社会の問題なんだと伝えることを通して、マイノリティへのエンパワメントになるような教育が求められるのではないでしょうか。

日本における市民性教育の地域間格差

アメリカは州によっても、州のなかでも、地域性や教育の内容が大きく変わります。

日本ではアメリカほど変わらないかもしれません。

しかし、日本でも市民性教育に力をいれるところがあればそうではない学校もあります。

子どもを統制しようとする風土もあれば、自主性を育てようとする風土もあります。

今後はこのような地域間、学校間の市民性教育の格差についても研究が必要なのではないでしょうか。

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